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東京地方裁判所 平成4年(特わ)1166号 判決

本店所在地

東京都中野区白鷺二丁目四八番六号

株式会社

徳波

(右代表者代表取締役 飯田徳森)

本籍

東京都中野区上鷺宮三丁目七番

住居

同都同区上鷺宮三丁目七番五号

会社役員

飯田徳森

昭和一九年一一月二二日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官富松茂大、弁護人東徹、同太田孝久各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人株式会社徳波を罰金一億円に、被告人飯田徳森を懲役二年に処する。

被告人飯田徳森に対し、この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社徳波(以下「株式会社」という)は、東京都中野区白鷺二丁目四八番六号に本店を置き、建築請負工事、不動産売買等を目的とする資本金一億円(昭和六一年一二月四日以前の資本金は六〇〇〇万円、同年一〇月二〇日以前の資本金は二〇〇〇万円)の株式会社であり、被告人飯田徳森(以下「被告人」という)は、被告会社の代表取締役社長として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空仕入を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六一年五月一日から昭和六二年四月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四億二五七二万一五五五円(別紙1の修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が五億四七四七万四〇〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、昭和六二年六月三〇日、東京都中野区中野四丁目九番一五号所在の所轄中野税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が七四一九万六二一五円、課税土地譲渡利益金額が零円で、これに対する法人税額が二二五五万一八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成四年押第一一六六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額二億七九六八万七一〇〇円と右申告税額との差額二億五七一三万五三〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一回及び第六回公判調書中の被告人の各供述部分

一  被告人の検察官に対する平成四年五月二九日付(八丁のもの)、同月三一日付及び同六月三日付各供述調書

一  公判調書中の証人長谷部裕樹(第二回)、同添野哲雄(第三回ないし第五回)、同土門義明(第四回)及び同蛯名秀清(第五回)の各供述部分

一  添野哲雄(二通)、長谷部裕樹(一項、二項及び添付資料のみ)、岡部道雄、土門義明(一項、二項及び添付資料のみ)、栗原俊行(一項ないし六項と添付資料のみ)及び蛯名秀清の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の売上高調査書、土地仕入高調査書、支払手数料調査書、事業税認定損調査書及び土地譲渡利益金額調査書

一  検察事務官作成の土地仕入高の金額についての捜査報告書

一  登記官作成の登記簿謄本及び閉鎖登記簿四通

一  押収してある法人税確定申告書一袋(平成四年押第一一六六号の1)

(法令の適用)

一  罰条

1  被告会社

法人税法一六四条一項、一五九条一項(罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)、二項(情状による)

2  被告人

法人税法一五九条一項(罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)

二  刑種の選択

被告人につき、懲役刑

三  刑の執行猶予

被告人につき、刑法二五条一項

(争点に対する判断)

一  前掲関係証拠によると、以下の事実が認められ、当事者間にも争いがない。

1  被告会社は、昭和六一年一二月から昭和六二年一月にかけて、埼玉県大宮市堀崎町一一二三番二等の土地(以下「本件土地」という)を合計四億四三〇八万円で仕入れた。

2  被告人は、本件土地をマンション用地として売却しようとして、株式会社リクルートコスモス(以下「リクルート」という)の担当者である長谷部裕樹と交渉し、その結果、同年四月中旬、被告会社とリクルートの間で本件土地の売買に関する合意が成立した。

3  被告人と長谷部が協議した結果、被告会社とリクルートの間で、本件土地についての国土利用計画法に基づく埼玉県の指導価格が坪当たり単価四六万円であったことから、被告会社がリクルートに対し、本件土地を坪単価約四六万円、総額五億四九九七万五〇〇〇円で売却するとの契約(以下「第一次契約」という)を締結し、これに関連して、リクルートが被告会社に本件土地上のマンション建築を請け負わせ、その予約証拠金として二億八〇〇〇万円を支払う旨の請負予約契約(以下「第二次契約)という)を締結し、さらに、リクルートが岡善株式会社に五億九〇〇〇万円で売却することが決まっていた埼玉県浦和市常盤四丁目八六番一の土地(以下「浦和物件」という)の売買に、被告会社及び倒産会社である昭和ランマー株式会社を介在させ、被告会社に実質的に一億一三〇〇万円の利益を帰属させることが決定された。なお、浦和物件については、リクルートから昭和ランマー株式会社に四億五九三〇万円で、同社から被告会社に五億六九三〇万円で、被告会社から岡善株式会社に五億九〇〇〇万円で、順次売り渡す旨の売買契約(以下、これらの契約を「第三次契約」と総称し、便宜上被告会社リクルートの間の一つの契約のように数えることにする)を締結することとされた。

4  第一次契約及び第二次契約は、同年四月三〇日に締結され、同日、リクルートから被告会社に対し、五億四九九七万五〇〇〇円が小切手で、二億八〇〇〇万円が預金口座振込により支払われた。第三次契約は、岡善株式会社の都合で同年五月一日に関係者が集合して締結され、同日岡善株式会社が支払った五億九〇〇〇万円の中から、四億五九三〇万円をリクルートが受け取り、差額の一億三〇七〇万円の中から合計一七七〇万円が第三者に仲介手数料として支払われ、その残りの一億一三〇〇万円を被告会社が銀行振出の預手で受け取った。

5  被告人は、第三次契約も昭和六二年四月期の決算に繰り込み、第一次ないし第三次契約として公表したとおりに被告会社の税務処理をし、判示のとおり確定申告を提出した。

二  検察官は、「被告会社とリクルートの間で、被告会社がリクルートに対し本件土地を坪単価約七九万円、総額九億四二九七万五〇〇〇円で売却するとの合意が成立し、公表上、これを第一次契約ないし第三次契約の三つの形態をとることにしたものである。したがって、被告会社はリクルートに対し右代金で本件土地を売却したものであり、被告人は、判示のとおり、架空仕入を計上するなどして被告会社の所得を秘匿し、虚偽過少申告に及んだ」旨主張している。

これに対し、弁護人は、「被告会社がリクルートに対し、いわゆる専有卸の形で本件土地を売却するとすれば、建物の原価が一〇億七〇〇〇万円であるから、租税特別措置法の法人税基本通達によれば、土地建物を一括売買した場合には、建物原価の一四二パーセント(土地転売利益を含めて)までは建物の譲渡利益を見做されて、土地重課が課されないので、それによれば、被告会社は、仕入原価との差額として四億四九四〇万円を土地重課なしで利得することができる筈であった。しかし、国土利用計画法に基づく県の指導価格が坪当たり単価四六万円しか出ず、リクルートの再販売価格についての利益基準の問題があったため、本件土地については、指導価格に従った坪単価約四六万円で売却する(第一次契約)ものの、右四億四九四〇万円から、本件土地の転売利益約五六四〇万円を除いた三億九三〇〇万円分の利益をカバーするため、リクルートは、第二次契約により二億八〇〇〇万円、第三次契約により一億一三〇〇万円の利益を被告会社に得させることになった」と主張し、「したがって、右の三契約はいずれも真実で、有効、適正に成立したものであって、被告人は架空仕入を計上するなどして被告会社の所得を秘匿したことはない」と結論しており(第一回公判調書中の弁護人の認否部分及び弁護要旨二頁、三頁参照)、被告人(被告会社代表者)も公判においてこれに沿う供述をしている。

三  そこで、右弁護人の主張及び被告人の公判供述について検討する。

右主張によっても、被告会社からリクルートに移転したのは、本件土地の土地所有権のみであり、被告会社とリクルートの間の本件土地に関する取引はいわゆる占有卸の売買ではないこと、リクルートが被告人らのいう三億九三〇〇万円分の利益のカバーに応じたのは何故かといえば、それは本件土地の土地所有権を取得するからであるというほかはないこと(会社間の不動産取引でこの部分が贈与などということはありえない)が明らかである。そうすると、右三億九三〇〇万円も本件土地の対価すなわち売買代金の一部であるということになる。また、右主張自体から、右三億九〇〇〇万円が、リクルートからの預り金や昭和ランマー株式会社の所得ではなく、被告会社にその利益として帰属したものであることも明らかである。してみると、右主張からは、弁護人がいうような結論を導くことはできないのであり、右主張はそれ自体失当というほかない。

そして、被告人の公判供述は右主張に沿うものである上、この公判供述によっても、本件土地取引の関係でこのような三つの契約を締結した(その間の関連性は口約束であり、契約書上は明らかにしていない)のは、被告人が国土利用計画法による指導価格及びいわゆる土地重課制度のことを念願に置いたからである(前者についてはリクルート側の都合もある)ことは、否定しがたいところである。そうすると、被告人の公判供述は、実質的には、故意の点を含め本件公訴事実の全てを自認しているものといってよく、その上で、自分としては、国税当局等はあくまでこれらの契約書を尊重すべきであり、脱税をしたとは思っていないと述べているものと理解されるのであり、したがって、公判供述中の否認的部分はただ違法性の意識の存在を争うという意味を有するにすぎないことになる。

被告人の公判供述中の右のような否認的部分は、それ自体極めて不自然な内容であるし、被告人の前掲各検察官調書における脱税の故意及び違法性の意識をも明瞭に認めた自白と対比して、到底信用することができない。右被告人の検察官調書、長谷部裕樹及び土門義明の各証言、添野哲雄及び蛯名秀清の各検察官調書をはじめとする前掲各証拠を総合すると、検察官が主張するとおり、被告会社とリクルートの間で、被告会社がリクルートに対し本件土地を坪単価約七九万円、総額九億四二九七万五〇〇〇円で売却するとの合意が成立し、公表上、これを第一次契約ないし第三次契約の三つの形態をとることにしたもので、被告会社はリクルートに対し右代金で本件土地を売却したものであることが優に認められ、被告人(被告会社代表者)に本件脱税についての故意及び違法性の意識があったことも疑う余地がないと判断される。

以上のとおりであって、弁護人の主張は到底採用することができず、被告人は、判示のとおり、架空仕入を計上するなどして被告会社の所得を秘匿し、虚偽過少申告に及んだものと認められる。

四  なお、弁護人は被告人の検察官調書における自白の任意性を強く争っているので、この点について説明を付加することとする。

被告人の検察官調書は、前掲の三通及び身上・経歴に関する平成四年五月二九日付一通(七丁のもの)のほかに、同年四月二六日付及び同月二七日付のものがあり、これらの調書においても、被告人は概括的ではあるが、前掲三通の調書とほぼ同旨の自白をしているところ(弁護人が任意性を争うのは五月二九日付の二通を除く四通についてである)、被告人は公判において、同年四月二五日から翌二六日にかけて、取調検察官から、自白しないと被告人を逮捕するとか、被告会社の社員全員を逮捕するなどと脅迫されたため、やむなく右二通の検察官調書に署名・指印したものであるなどと弁解している。しかし、関係証拠によると、被告人はこれらの検察官による取調のかなり前から東・太田両弁護人に本件を相談し、取調への対処についてもその助言を受けていたこと、同年四月二七日の取調後、両弁護人が同月三〇日付取調検察官宛ての要望事項書を作成する以前にも、被告人は弁護人らと相談しているが、右要望事項書には被告人のいうような脅迫の存在を窺わせる記載が存在しないこと、被告人は結局逮捕されず、在宅のまま取調を受けたのであるが、同年四月二七日から同年五月二九日までの一か月余の期間があり、その間も両弁護人に何度も相談しているのに、その後も同旨の自白をしていること、被告人はつとに大蔵事務官に対する平成二年一月一八日付質問てん末書においても昭和ランマー株式会社をいわゆるダミーとして介在させた趣旨等を供述していることが認められる。被告人がその供述するような脅迫を取調検察官から受けて四月二七日にやむなく自白したというのに、その事情を弁護人らに伝えないということは考えがたいし、弁護人らがこのような事情を知りつつ前記のような要望事項書を作成したということも考えにくく、被告人が一か月余もの期間を経過した後に再度同旨の自白をするということも極めて不自然である。その他、右のような質問てん末書が存在していること、被告人の取調状況や弁護人との打合せ状況に関する公判供述自体に変遷している部分、誇張と思われる部分、不自然と思われる部分が多々存することをも考慮すると、被告人のいうような取調検察官による脅迫があったとは認められず、その他被告人が取調状況に関して供述するところもそのまま信用することはできないというほかない。結局、被告人の検察官取調書における自白の任意性を疑わせるような事由があったとは認められない。

(量刑の理由)

本件は、不動産売買等を業とする被告会社が本件土地の売買等により多額の利益を得たところ、社長であった被告人が、架空仕入を計上するなどの方法により被告会社の所得及び課税土地譲渡利益金額を少なく見せかけ、単事業年度ながら、二億五七一三万円余もの法人税をほ脱したという事案であり、ほ脱率も九一・九パーセントの高率に達している。本件土地の売買を前記のような三つの契約に仮装することはリクルート側で提案したものであるが、被告人もいわゆるダミー法人の利用を提案するなどしてこれを了承したものであり、犯行の態様も計画的かつ巧妙である。また、犯行の動機にも特に酌量すべき点は見当たらず、被告人は公判になってからは反省の態度もみせていない。以上の諸点、とりわけ脱税額の大きさ及びほ脱率の高さ等のほか、この種事案については一般予防の必要性が高いことにかんがみると、被告人及び被告会社の刑事責任は相当重いといわざるをえない。

他方、被告人は捜査段階では反省の態度を示しており、公判においても、無罪を主張しているとはいえ、実質的には全面的な自白といってよいような供述に終始していること(弁護人にも思い違いがあり、被告人は適切な助言を受けていないと見受けられる)、被告会社は、国税当局の指導に従い、本件事業年度につき、起訴分を上回る法人税三億九二一六万余円での修正申告に応じ、本件脱税額を上回る三億四〇四一万余円の本税や附帯税の一部を納付していること、被告人には傷害、器物損壊等による罰金前科二犯があるが、これ以上に前科がないことなど、被告人及び被告会社のために有利に斟酌すべき事情も認められる。

当裁判所は、以上のほか一切の情状を考慮して、被告人に対しては、主文のとおり懲役刑の執行を猶予することとし、被告会社に対しは主文掲記の罰金刑に処することとした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告会社・罰金一億円、被告人・懲役二年)

(裁判官 安廣文夫)

別紙1 修正損益計算書

〈省略〉

別紙1 修正損益計算書

〈省略〉

別紙2 ほ脱税額計算書

〈省略〉

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